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東京地方裁判所 昭和45年(刑わ)3260号 判決 1974年6月25日

主文

被告人船迫を禁錮一年六月に、同楢村を禁錮一年に、同増田、同藤田を何れも禁錮一〇月に、同河本、同横山を何れも禁錮六月に各処する。

但し、右各裁判確定の日から、被告人船迫に対しては三年間、被告人楢村、同増田、同藤田に対しては何れも二年間、被告人河本、同横山に対しては何れも一年間右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用中別紙証人目録記載の各証人に支給した分は被告人らの連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人増田俊男は、昭和四〇年九月三〇日から同四一年五月三一日迄の間組立式サウナ風呂の製造販売を営む日高産業株式会社(以下日高産業と略称する)の事実上の専務取締役、被告人船迫二郎は同四〇年九月三〇日から同社の事実上の常務取締役、同四一年六月六日から取締役、被告人河本尚登は同四〇年九月三〇日から同四一年五月三一日迄同社の事実上の取締役として、いずれも右組立式サウナ風呂の研究開発ならびにその製作販売の業務を掌理していたもの、被告人楢村忠雄は同二七年一二月二九日から木材の販売製材の人工乾燥、各種木工製作販売、および組立式サウナ風呂の製造販売等を営む木材乾燥工業株式会社(以下木材乾燥と略称する)の専務取締役として同社の業務全般を掌理していたもの、被告人横山武男は同社の社員として同四〇年七月ころから右組立式サウナ風呂の研究開発および製作等の業務に従事していたもの、被告人藤田東亜子は同四一年八月二五日から特殊公衆浴場であるサウナ風呂「有楽サウナ」を営む株式会社有楽サウナの代表取締役として同社の業務全般を掌理していたものであるが、

一、被告人増田、同船迫、同河本、同楢村、同横山らはかねてから日高産業および木材乾燥において共同して組立式サウナ風呂の研究開発および製作を行つて来たが、さらに同四一年三月ころから右両社が共同のうえ、従来製作販売して来たサウナ風呂の製品A型サウナ(床面積一坪)およびB型サウナ(床面積一・五坪)より小型で、床面積を〇・七坪とし、その本体をベニヤ板、ハイラツク、ハードボード材で組み立て、その内部に木製ベンチ、電熱炉等を設置する構造の組立式C型サウナ風呂を製作することとなつたが、右サウナ風呂は電熱炉により室内温度を摂氏約八〇度ないし一〇〇度とし、その湿度を約三〇パーセント以下として使用するものであり、電熱炉等の熱源を前記木製ベンチ下部に設置すると、長期間にわたる電熱炉の加熱により右木製ベンチが漸次炭化して無焔着火する危険が予想されたから、このようなサウナ風呂の製作販売にあたる者としては、電熱炉等の熱源を木製ベンチの下部など危険な箇所に設置することを避け、止むなくこれを同所に設置する場合は、あらかじめその構造の耐火性につき十分な試験研究を行ない、その結果に基き使用電熱炉等の熱容量や電熱炉等と木製ベンチの間隔などにつきその安全性を確保するとともに、右木製部分などの所要部分を完全な耐火構造にするなどの措置を講じ、もつて火災発生などの危険を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、前掲両会社の被告人増田、同船迫、同河本、同楢村、同横山らにおいては不注意にもこれを怠り、漫然木製ベンチ下部に電熱炉を設置することとし、さらに、その構造の耐火性につき適切な試験研究を行わず、その火災発生の危険性につきほとんど考慮を払うことなく、ただわずかにその電熱炉の周辺にあたる木製ベンチの内側に厚さ五ミリメートルの石綿板をはりつけただけで、そのベンチの木わくの部分には石綿板もはりつけず木部を露出したままとし、電熱炉には従来製作していた一坪用のA型サウナ風呂と同じ四キロワツトの熱容量を有する電熱炉を使用することとしながら、ベンチの高さを右A型サウナ風呂より約二〇センチメートル低い六三センチメートルとし、ために電熱炉とその上部の木製ベンチとの間隔がわずかに約七・五センチメートルと極めて狭いものとなるような構造で製作販売することを協議決定し、これに基づいて、その頃東京都江東区東陽二丁目四番一四号所在の前記木材乾燥において、被告人楢村の指示により被告人横山がその製造責任者として右構造を有するC型サウナ風呂約一〇台を製作し、被告人藤田東亜子から注文を受けた日高産業において、被告人船迫が同社従業員に指示して、右C型サウナ風呂中の一台のC型サウナ風呂を、同社が別途に製作させた四キロワツトの熱容量を有する電熱炉と組み合せて、昭和四一年七月一三日、東京都千代田区有楽町一丁目五番地有楽町ビルヂング二階所在の前記「有楽サウナ」に設置させ、同所において前記株式会社有楽サウナにこれを使用させた過失により、

二、被告人船迫は、被告人増田、同河本等退社後の同四一年六月以降は日高産業の取締役(事実上の専務取締役)として同社の業務一切を掌理し、同社がさきに同四〇年一〇月頃木材乾燥との間になされたサウナハウスの発注製作契約に基き、販売品の据付け、顧客に対するアフターサービス等一切の責任を負担していたものであるが、前記C型サウナを「有楽サウナ」に納入後である同四一年一二月一六日、さきに日高産業と木材乾燥が共同で製作して売渡した東京都港区赤坂五丁目五番一〇号北斗ビル内「赤坂サウナクラブ」所在のA型サウナ風呂が火災によつて焼失したことを知り、さらに同月二一日には同都港区青山三丁目六番一五号「青山リハビリテーション」所在のB型サウナ風呂につき赤坂消防署員の立入検査の結果、該サウナ風呂の木製ベンチが炭火していることを指摘され、その修理を命ぜられたことなどがあつたが、右両サウナ風呂は、いずれもさきに有楽サウナに設置した本件C型サウナ風呂とおおむねその構造を同じくし、しかも有楽サウナに設置したC型サウナ風呂は前記のようにベンチの高さも低く、火災発生の危険がいつそう大きかつたのであるから、一記載のようにこれを製作販売した右被告人としては、直ちに右サウナ風呂の耐火構造を再検討し、その使用の中止を求めて所要の補修改善を行うなどの措置を講ずべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、そのまま株式会社有楽サウナに前記C型サウナ風呂の使用を継続させた過失により、

三、被告人藤田東亜子は、前記株式会社有楽サウナが同四一年八月ころから前記有楽町ビルヂング二階に店舗を借り受けてサウナ風呂を開業、経営した際、同所に据付けたサウナ風呂は、一記載のとおり日高産業が設置したC型サウナ風呂であり、長期間にわたりこれを継続使用すれば電熱炉の加熱により、木製ベンチが無焔着火して火災に至る危険が予想されるものであつたうえ、その開業当初から右C型サウナ風呂の電熱炉と木製ベンチの間隔がきわめて接近しており火災発生の危険のある構造のものであること、又同四二年夏ごろ以降右C型サウナ風呂において、たえずこげくさい異臭がただよつていたこと、さらに右ベツト上の一部が加熱により炭化変色していたことなどに気付いていたものであるが、このような火気を取り扱う営業に従事する者としては、右のような火災の危険を予測させる徴候を認知した場合には、すみやかにこれに所要の補修改善の措置を講ずるとか、その安定性確認されるまでその使用を中止するなどして火災発生の危険を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然と専門家の考案設置を信じて適切なる補修改善の措置を講ずることなくその使用を継続した過失により

右「有楽サウナ」内のC型サウナ風呂の木製ベンチを電熱炉の長期加熱により漸次炭化させたうえ、昭和四三年三月一三日午后零時四〇分すぎころ、右木製ベンチを無焔着火するに至らしめて火を失し、よつて栗林行雄らの現在する前記「有楽サウナ」の店舗(面積約五九・三三二平方メートル)を焼燬し、その際同店舗に顧客として居合せた右栗林行雄(当時四〇才)、内山明英(当時三〇才)、黒岩武(当時四一才)を、その頃同所で右火災に起因する一酸化炭素中毒により死亡させたものである。

(証拠の標目)(省略)

(被告人楢村、同横山の公訴事実二記載の業務上過失に対する当裁判所の判断)

本件公訴事実中二記載の被告人楢村、同横山の業務上過失については、押収に係る契約書(昭和四六年押第六〇二号の三)、アフターサービス報告書写一四枚(同号の七)、出庫指図書(同号の二)、被告人増田、同楢村、同横山らの当公廷の供述及同人らの検察官に対する各供述調書、横川和一、金子武、垣内綱三郎らの当公廷の供述、金子武、垣内綱三郎の検察官に対する各供述調書等を綜合すると、昭和四〇年一〇月頃日高産業と木材乾燥との間で右両会社の共同製作に係るサウナ風呂の製作販売契約を結び、該契約に基き、木材乾燥製作に係るサウナ風呂はすべて日高産業の出庫指図書により販売先に届けられ、これが販売据付け及販売先顧客に対するアフターサービス等の一切は日高産業側でこれを行い、被告人楢村、同横山等木材乾燥側においてはその販売先に対し直接にその補修改善又は使用中止を命ずることも出来ず、販売者である日高産業からの連絡により、補修改善等の作業をしていたものであること、及本件C型サウナについてもその据付け、アフターサービス等の一切は日高産業がその責任においてこれを行つていたものであることなどが認められるので、本件サウナ風呂据付け後の継続使用に関する被告人楢村、同横山らの業務上の注意義務を前提とする公訴事実二記載の過失責任を問うことはできない。

(弁護人らの主張に対する当裁判所の判断)

第一、被告人増田、同河本、同船迫、同楢村、同横山らの各弁護人は、

(一)  本件火災の出火原因は長期低温加熱による無焔着火でなく、口火媒介物の介在による自然発火であると主張するけれども、前掲各証拠(証拠の標目第一)、特に前掲各実況見分調書、土屋今朝次、岡本政夫(被告人増田については証人尋問調書)、中牧忠直らの当公廷の供述等を綜合すると本件出火時その発火現場には口火媒介物と見られるようなものが存在しなかつたこと、又従て本件は口火媒介物の介在による自然発火でないことが認められる。又弁護人らの主張によると、本件C型サウナのように高温で、乾燥された狭い部屋の中では数センチにも及ばぬ糸屑やタオルの毛羽又はマツチの軸木のごときものでも優に媒介物としての発火材料となりうるとゆうのであるが、若しそのような微細な媒介物によつても自然発火する危険が考えられるならば、サウナ風呂を考案製作する者としては、そのような微細な媒介物は本件サウナ風呂内外を問わずいたる所に常時存在するものであることは通常予想されるところであるから、本件サウナ風呂の考案製作については、そのような媒介物の介在による自然発火を防ぐための構造上の配慮が払われて然るべきであり、この点に関する危険の認識を持ちながら本件のような構造のサウナ風呂を考案製作して使用に供したとすればこの点からもその過失責任は極めて重大であると謂わざるを得ない。

(二)  本件サウナ風呂は、本来の構造上からは電熱炉のルーバーが下向きに設置さるべきものが逆向き(上向き)に設置されていたこと、及同サウナ風呂備え付けのサーモスタツトが一二〇度に調整されていたこと、吸排気口の不備があつたことなどが出火原因となつており、本件サウナの構造上の欠陥が本件サウナの出火原因ではないと主張する。

弁護人ら主張のように本件出火のサウナ風呂のルーバーが逆向き(上向き)に設置されていたこと、サーモスタツトが一二〇度に調整されていたこと、吸排気口に不備な点があつたことは、何れも前掲各実況見分調書、前掲土屋今朝次、岡本政夫、中牧忠直らの当公廷の供述により明かである。

然しながら、塚本孝一、土屋今朝次の当公廷の供述、前掲各実況見分調書、大芝賢三及宮野豊の各鑑定書等を綜合すると、右のようなルーバーの逆向き、サーモスタツトの一二〇度調整、吸排気口の不備等は何れも本件火災発生を容易ならしめた相対的要因の一つをなしており、たとえルーバーが下向きであり、サーモスタツトの調整が適正であり、吸排気口が正常であつたとしても、本件C型サウナのように、四キロワツトの電熱量の電熱炉を木製ベンチの下部に設置し、ベンチの高さを六三センチメートルとし、その木枠部分を露出したままとし、電熱炉とそのベンチの間隔を僅かに約七・五センチメートルとするような構造のサウナ風呂は、前記のような諸条件の加わることにより、火災発生までの期間に長短の差を生ずることはあるが、その構造自体火災発生の蓋然性は極めて大きい構造上の欠陥のあるサウナ風呂であること及び本件火災が、本件C型サウナの右のような基本的な構造上の欠陥により惹起されたものであることが認められる。又仮りにルーバーが上向きになつたり、サーモスタツトが一二〇度に調整されていたことが本件火災発生の原因だとすれば、そのような危険なサウナ風呂の製作に際し、その考案製作者としては、ルーバーが逆向きに設置されることのないような構造にするとか、又それが逆向きになつても出火の危険がないような構造にするとか、又サーモスタツトが一二〇度に調整されても出火のおそれがないように考えるとか、その構造上危険を防止するための万全の考慮が払われて然るべきであり、そのような配慮を欠いた本件サウナの考案製作販売者の責任は極めて重大であると考えざるを得ない。

第二、被告人増田、同河本、同楢村、同横山、同藤田らの各弁護人らは、本件火災発生に際し、本件被害者らは有楽サウナの店舗内から脱出するのに十分な余裕があつたのに拘らず速かに退去しなかつた過失があり、そのために死亡するに至つたものであり、被害者らに重大な過失があると主張する。

然しながら、前掲各実況見分調書、証人小林元の当公廷の供述、同人の司法警察員に対する供述調書等を綜合すると、本件C型サウナ風呂附近の施設構造が極めて複雑であり、その出入口が一個所あるだけで、特に避難口の設備もなく、出火と同時に同店舗内の電気が消えて真暗になつたこと、及本件以前から時折本件サウナ風呂を利用しており、同施設内の勝手事情の判つていた同証人(小林元)が、当日被害者らと同席していた休憩室で本件火災の発生を告げられてから辛うじて脱出するまでに極めて緊迫した危険な状態にあつたことが認められるので、本件被害者らが右のような複雑な施設構造の中で真暗になつた店舗の出入口から脱出するのに十分な余裕があつたものとは到底考えることができない。尤も当時本件サウナ風呂の火災の最初の発見者である渡辺真由美は当公廷において、同女の火災発生の告知により被害者ら浴客全員が出入口から脱出した旨述べているけれども、当時本件サウナの入口附近で消火にあたつた長門国雄、鈴木寛、滝沢保、鈴木徳義らの答申書によると、その頃同サウナ風呂の入口附近で浴客らしい人の姿を見ていないことが認められるので、本件ごとき蒼惺の間における右渡辺真由美の右供述は当裁判所これを措信し得ない。

従て、右のごとき被害者らの過失を前提とする弁護人らの各主張は採用することができない。

第三、被告人増田、同河本らの弁護人は、

(一)  被告人増田は日高産業在職中同会社の事実上の専務取締役として木材乾燥の被告人楢村専務らと共にそれぞれABC型サウナの研究開発製作販売等の協議に参画したことはあるが、本件有楽サウナのC型サウナは被告人増田、同河本らが日高産業退職後に販売据付けられたものであり、具体的に右サウナ風呂の製作販売に関与したこともなく、ましてやその設備構造設置方法等にも何等関知するところがないので、当該サウナ風呂につき具体的に火気の危険を認識していないから、本件火災については具体的注意義務違反はなく、従て本件業務上失火等の責任はないと主張する。

然しながら、被告人増田、同河本、同〓村、同横山、同船迫らの当公廷の供述、同人らの検察官に対する供述調書、垣内綱三郎、金子武らの当公廷の供述、前掲サウナ設置一覧表写、出庫指図書、その他前掲各証拠(前掲証拠の標目第三)を綜合すると、昭和四一年三月頃右被告人らによりC型サウナの製作販売が協議決定され、これに基きC型サウナが製作されるに至つたものであること、及び被告人増田、同河本らが日高産業を退社する前に既に本件C型サウナと同型の右C型サウナが規格品として約一〇台製作されており、そのうちの一台が右被告人ら退社後間もなく有楽サウナに販売据付けられた本件C型サウナであることを窺い知ることができる。そして、右のように規格品として販売されることになつたC型サウナは前掲各証拠(証拠の標目第三)によると、その基本となつたA型B型サウナと同様高温高熱を発する電熱炉を木製ベンチの下に設置する構造を有するもので、その構造自体出火の危険を伴う欠陥サウナであること、及右C型サウナは四キロワツトの電熱炉を使用し、その上に設置するベンチ(ベンチの高さ六三センチメートル)との間隔が狭く、防火上極めて危険であるのに被告人らにおいて何等耐火試験も行うことなく製作販売に供されたものであることが認められるから、日高産業退社後の被告人増田、同河本においても右構造を有する規格品の一〇台のC型サウナが販売据付け使用されると、そのサウナ風呂には火災発生の危険があることは当然予想し得た筈であり、従て右構造のC型サウナのうちの一台である本件出火の有楽サウナのC型サウナについても、同被告人らの退社後に販売据付けられたものであつても、同人らにおいて、その出火の予見可能性があつたのに拘らず、その出火を防ぐための適当な措置を講ずる等業務上一般に払うべき注意義務を欠いたため本件火災を惹起したものであり、その過失責任を負うべきことは当然と謂わざるを得ない。

(二)  仮に被告人らにおいて組立式C型サウナの考案の過程において火災発生に対する注意義務違反による過失責任があるとしても、その後の製作者、販売者、設置者、使用管理者、設計者等の加工行為者らによる過失が多数介在したために本件事故発生に至つたものであるから、それらの者の過失の介在により被告人らの過失と本件事故との因果関係は中断し、被告人らには本件事故に対する責任を負うべき理由はないと主張する。

しかしながら、被告人らは前記(一)認定のように組立式C型サウナの単なる考案者ではなく、その研究開発製造販売等の協議決定に参画し、該決定に基き被告人らの日高産業在職中に作成された約一〇台のC型サウナのうち一台が本件のC型サウナであるが、そのC型サウナについては、前期認定のようにルーバーの逆取付け、サーモスタツトの不調整、吸排気口の不備等製作販売設置者の責任、被告人船迫らのアフターサービスの不注意、使用者である被告人藤田における過失等多くの本件事故発生原因と見られるものがあるけれども、これら多くの過失が存在したからと謂つて、被告人らにおいて既に右(一)認定のように本件C型サウナの火災につき予見可能性が認められる以上、これらの加工行為者らの過失の競合によつて、本件事故と被告人らの過失との相当因果関係が中断されるものではないから弁護人らの右主張は採用しない。

第四、被告人河本の弁護人は、被告人は日高産業株式会社の事実上の取締役ではなく、ただ被告人増田の補助者となり、その手足として組立サウナの取付けをしていた者に過ぎず、従て同会社の役員として組立サウナ風呂の研究開発製作販売等の業務を掌理したものではないから、本件C型サウナについても同会社の役員が研究開発製作販売を決定したことによつて負うべき注意義務違反の責任を負うべきものでないと主張する。

然しながら、横川和一、杉山正一、村尾信子、賀川唯司らの当公廷の供述、益井清作成の伝言メモ等を綜合すると、日高産業内外の関係者らの被告人の地位に対する関心はさして重いものでなかつたことが窺われるけれども、垣内綱三郎の当公廷の供述、被告人船迫の検察官に対する供述調書(45・3・17日付)、同人の司法警察員に対する供述調書、被告人増田の検察官に対する供述調書(45・6・6日付)、被告人河本の当公廷の供述、同人の検察官に対する供述調書(45・5・29日付)、同人の司法警察員に対する供述調書等を綜合すると、被告人河本は日高産業における事実上の取締役の地位にあつたこと、及同被告人は同四〇年三月頃被告人増田と共にサウナ興業株式会社を設立し、被告人増田がその代表取締役被告人河本が常務取締役に就任して日本で初めてのサウナ風呂の製作販売の事業化を計画し爾来相共に日高産業の設立に参加してその業務に参画し、被告人河本はサウナ風呂の研究製作販売につき常に被告人増田の片腕となつてその企画に参画し、従業員も極めて少い同会社においてはその中軸となつて被告人増田と共にサウナ風呂の研究開発製造販売等の業務を掌理していたことが認められる。してみると被告人河本は日高産業における本件サウナ風呂の開発研究製作に関する業務掌理の責任者としてその責を負うべきことは当然である。

第五、被告人船迫の弁護人は、

(一)  被告人は組立式サウナの販売に関与したのみで、その開発研究製作等に関与したことがなく、従て本件C型サウナの設計構造熱源等についても何等知るところがないので、本件火災についてもその結果発生につき予見可能性がなかつたと主張するけれども、前掲各証拠(証拠の標目第三)を綜合すると、被告人が組立式サウナの販売はもとより、その研究開発製作についても日高産業の事実上の常務取締役として被告人増田らと共にその開発研究製作販売に参画し、かつ本件C型サウナの製作販売据付けを行つたこと、及同人に於てこれが火災発生の予見可能性があつたのに防火上の措置を講ずるなどの注意義務を欠いていたことが認められるので、被告人船迫において本件の過失責任を免れることはできない。

(二)  被告人はさきに昭和四一年一二月一六日売渡した「赤坂サウナクラブ」内のA型サウナ風呂が火災で焼失し、同月二一日には「青山リハビリテーシヨン」所在のB型サウナ風呂につき赤坂消防署員の立入検査を受け該サウナ風呂の木製ベンチが炭火していることを指摘された後も、日高産業の販売したサウナ風呂(本件サウナも含む)につき常時点検措置を講じ、その火災発生防止についても適切な業務上の注意義務を果してきたから本件出火については失火の責任はないと主張するけれども、証人金子武、同垣内綱三郎の当公廷の供述、アフターサービス報告書写一四枚等を綜合すると、日高産業では同被告人の命によりその従業員がその販売先のサウナ(本件サウナを含む)につき随時点検等の措置を講じていたことが窺われるけれども、その点検は専らその設備面や利用指導の面に限られ、耐火面からする防火上の点検については何等の注意も払われていなかつたことが認められるのであるが、被告人としては前記のような「赤坂サウナクラブ」、「青山リハビリテーシヨン」の事故発生を承知した後は本件C型サウナについても、先ず何よりも防火上の見地からその耐火性につき検討を加え一時その使用を中止させるとか、適切な補修改善を講ずるなどして火災発生の危険を防止すべき業務上の注意義務のあることは当然であり、これにつき何等の考慮を払わなかつた被告人は本件出火につき業務上の過失責任を免れることはできない。

第六、被告人〓村、同横山らの弁護人は、本件C型サウナは木材乾燥が日高産業と協議のうえ共同研究開発に関与したものでなく、木材乾燥は日高産業の下請として木工作業に従事してこれを製作したにすぎず、本件火災の原因となつた熱源は日高産業側で考案入手施行したものであり、木材乾燥の全く関知しないところであるから、本件火災発生につき何等責任を負うべきものでないと主張する。

然しながら、前掲各証拠(証拠の標目第三)、特に被告人増田、同河本、同船迫の当公廷の供述、同人らの検察官に対する各供述調書及被告人〓村の検察官に対する供述調書(45・6・3日付、45・6・5日付)並に被告人横山の検察官に対する供述調書(45・6・2日付)等を綜合すると、木村乾燥は昭和四〇年七月頃日高産業の前身であるサウナ興業(後に株式会社サウナ)の社長である被告人増田から、株式会社生産建築研究所長杉本正一を介してサウナ風呂の試作品の製作を依頼され、右杉本の設計により再三に亘る試作品の作成実験の結果、サウナ風呂に必要な温度の上昇に失敗したため右杉本はサウナの設計から手を引き、その後木村乾燥とサウナ興業の関係者である被告人増田、同河本、同〓村、同横山らが随時協議を重ね、右両会社の共同研究開発によりサウナ風呂の試作及実験を重ね、同被告人らの間で断熱材ハイラツクをベニヤでサンドイツチのようにはさんだものとし、熱源のヒーターをベンチの下に置くことを決め、同四〇年八月頃その試作品が完成しサウナ風呂の温度上昇にも成功したため、早速その試作品を基本として組立式サウナ風呂を製作することになり、同四〇年九月に株式会社サウナ(前のサウナ興業)が日高商事株式会社と合併して日高産業を設立し、同会社の被告人増田、同船迫、同河本らは、同年一〇月頃木材乾燥の社長室で、日高産業側から村尾社長、被告人増田、同船迫、同河本、木材乾燥側からは横川社長、被告人〓村専務らが出席して両会社間でサウナ風呂A型(床面積一坪)およびB型(床面積一・五坪)の製作販売に関する契約を結び、被告人横山を製作責任者とし、右両会社の被告人らが相互に密接な連絡をとりつつその製作を開始し、A型B型サウナ風呂を製作販売するに至つた。

ところが、その後美容研究家木村威夫、第一美容器具センターの槇専務らからサウナ風呂を美容関係に利用することの提案があり、同四一年一月頃木材乾燥の応接室に同人ら及木材乾燥の横川社長、被告人〓村、同横山、日高産業の被告人増田、同船迫、同河本らが集り、前記A型B型より小型の床面積〇・七坪のC型サウナを製作販売することを決め、その際使用熱源は三キロワツトの電熱炉とし木製ベンチの高さを六三センチメートルにすることとしてその試作品を作つたが、三キロワツトの電熱ではその熱量が低く室内温度を高温に保つことができないことが判明したため、日高産業の被告人増田、同船迫、同河本らは木材乾燥の被告人〓村、同横山らと協議のうえ、C型サウナの熱源を四キロワツトとし、木製ベンチの高さはA型B型と同様八二センチとするが、すでにベンチの高さ六三センチメートルとして製作ずみのC型サウナ一〇台についてはそのままの高さの規格品として販売することを決定して製作し、同四一年七月一三日、日高産業において右C型サウナのうち一台の本件C型サウナを判示有楽サウナに設置するに至つたことを認めることができる。

してみると、本件C型サウナは、木材乾燥が日高産業の下請として単に木工作業に従事したものでなく、右認定のように日高産業と共同して研究開発製作したうえこれを有楽サウナに据付けさせたものであり、そのC型サウナが構造上において判示認定のように火災発生の危険を含む重大な欠陥があり、被告人〓村、同横山らにおいてもその欠陥による火災発生を予見し得た筈であるのに、防火上の措置を講ずる等の注意義務を欠いた過失により本件事故の発生したことの認められる本件については、被告人らの共同研究開発製作者としての業務上の過失責任を回避することはできない。

第七、被告人藤田東亜子の弁護人は、被告人は本件C型サウナは構造上の欠陥がないものと信じてこれを買い受け、その保守管理は専門家である日高産業のアフターサービスに期待していたところ、該C型サウナ風呂に判示のような欠陥があり、そのアフターサービスも不十分のうえ、その設計上及設計施行上の不注意も加わつて本件を惹起したもので、被告人としては業務上の注意義務を十分果していたのに拘らず本件火災が発生したものであり、本件業務上失火及業務上過失致死の責任はないと主張する。

弁護人主張のように、有楽サウナに据付けられた本件C型サウナに構造上の欠陥のあることは判示一認定の通りであり、日高産業側で防火上の観点に基くアフターサービスに欠けていたことも被告人船迫の当公廷の供述、証人金子武、同垣内綱三郎の当公廷の証言等により明かであり、又本件C型サウナ風呂を有楽町ビル二階に設置するに際しその出入口、避難口、非常時の照明設備等出火の際の配慮がなされていなかつたことは前掲各実況見分調書証人梶谷裕一、同伊藤庄助の当公廷の証言によりこれを認めることができる。

然し乍ら、被告人藤田の当公廷の供述、同人の検察官に対する各供述調書、鎌田煕子、佐久間久子、遠藤淳子、菊地節子、渡辺真由美の当公廷の供述、遠藤淳子、渡辺真由美の検察官に対する各供述調書等を綜合すると、被告人は昭和四二年夏ごろから本件C型サウナ風呂において絶えずこげくさい臭いがあり、その木製ベンチの一部が電熱炉の加熱により炭化変色していたことに気付いておりながら不注意にもその原因を突きとめるための適切な処置を講じなかつたことが認められる。このような場合には火気を取扱う業務に従事している被告人としては、ただちにその使用を中止して適切な補修改善の措置を講じ、日高産業に厳しく連絡して補修を命ずる等の挙に出るべき業務上の注意義務のあることは当然であり、これを怠つた被告人は、前記のように本件C型サウナに構造上の欠陥があり、日高産業におけるアフターサービスの不手際があり、又本件サウナの設置につき設計上又は設計施行上の欠陥があるからと言つてその業務上過失責任をまぬがれることはできない。

(量刑の事由)

本件は我国におけるサウナ風呂の開発初期において被告人らの重大なる不注意により惹起された誠に不幸な事件であり、このために将来ある三名の尊い人命が瞬時にして失われ、その被害者らの苦しみ、その遺族らの怒りと悲嘆、その人命軽視につながる本件への社会的非難は極めて大きいものがある。然るに被害者の遺族らに対する補償は被告人藤田においてその一部がなされたのみで未だに満足すべき解決がなされていない。

本件においては、互いにその過失責任を他に転嫁しようとする抗争が続けられて来た。そこに法律上の諸問題を含んでいる以上当然のこととは謂え、被害者らの遺族にとつては未だにその慰藉の方途が講ぜられていないことの憤りを見逃がすことができない。

当裁判所は被告人らの過失を判示のごとく認定した以上その過失の重大性に鑑みて厳しく処断すべきものと考える。然しながら本件は判示のように多くの過失が競合して惹起された事件であり、さらに本件サウナ風呂には設計施行上避難口のないこと、出入口が一箇所のみであること、非常時における誘導照明設備の欠如などの諸条件が加わつて本件の重大事故に発展した事情が窺われること、また本件当時においてはサウナ風呂の設置基準その他防火上の配慮についても適切な行政指導がなされていなかつたこと、各被害者の遺族らに対しては関係責任者らにおいてその慰藉の方途が講ぜらることが期待できること、などを本件量刑の情状として考慮するものである。

(法令の適用)

被告人らの判示所為中業務上失火の点は刑法一一七条の二、一一六条一項、一〇八条、罰金等臨時措置法三条に、業務上過失致死の点は刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条に各該当するが、右は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段一〇条により、何れも重い業務上過失致死罪の刑をもつて処断することとし、その所定刑中禁錮刑を各選択し、その所定刑期範囲内で被告人船迫を禁錮一年六月に、同〓村を禁錮一年に、同増田、同藤田を何れも禁錮一〇月に、同河本、同横山を何れも禁錮六月に処すべきところ、被告人らについては、何れも前掲「量刑の事由」記載の情状を考慮してその刑の執行を猶予することを相当と認め、刑法二五条一項を適用して被告人船迫については三年間、同〓村、同増田、同藤田については何れも二年間、同河本、同横山については何れも一年間右各刑の執行を猶予し、訴訟費用中別紙証人名簿(目録)記載の各証人に支給した分は刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条(準用)に則り被告人らに連帯して負担させることとする。(但し訴訟費用中被告人河本の国選弁護人に支給した分については刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して同被告人に負担させないこととする。)

仍て主文の通り判決する。

(別紙)

訴訟費用関係証人名簿(目録)(省略)

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